ふつー、が生まれる毎日から。

"自分"に向き合った先には、『ふつう』がありました。ふつうって、幸せとイコールだった。そんな話を、私と、ムスメと、旦那さんとの毎日から。たぶん。

【7歳2か月】姉の憂鬱

運動会も近い今日この頃。

昼間も随分暑くなってきた。

疲れが出ているのか、頭痛で休んだ日も。

赤ちゃんがもうひとり産まれるのは嬉しいが、もっと抱っこや褒めたりしてもらえなくなると不安な様子もある。

 

赤ちゃんの性別が男の子だと分かって、えー女の子がいい!と言っていたが

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なるほど、YouTubeで男役してもらえるなと思ったらしい。

 

妹は弟と絶対喧嘩するね!!と言っている。

妹は怒られてなくて自分ばっかり怒られて、妹も喧嘩して怒られたらいいんだと思ってるのかもしれない。

一方で、私たちが次女に怒ることがあると、小さいのにかわいそうだよ、と言う。笑

 

妹がいることは嬉しいが、大変と感じているみたいで、

弟をお世話するから、ママが妹のお世話をしてね!

と言われた。

 

この頃は、紙で手作りの着せ替えセットを作っていて、何度も貼れるように、ツルツルしたプラスチックに着せ替え用の服なのどの部品をセロテープで貼っていて、工夫してるんだなと思った。

 

それから、これはエビフライ感を出すためにぐちゃぐちゃに丸めたのだろうか?

だとしたら、すごい!と思った。

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【1歳6か月】真似と応用の連続

もう5月も終わろうとしている。

1歳6カ月を迎えた次女は、急激に色々な言葉を真似し始めて、出てくる単語や音が増えてきた。

真似だけでなく、応用も出来るように。

 

顔が見えなくなれば、だーれだ。

くるくると顔パネルが回るおもちゃを回して、だーれだ。

進んで、いただきますやごちそうさまも、ハッキリとはしてないが言っている。

 

Eテレの映画番組に、くじらのOrtunが出てくる。

おーとぅん! とよく真似してるのだけど、全く別の時に、家にあるABCの歌が流れるタッチパッドでABCの歌が流れたら

おーとぅん!おーとぅん!

英語の雰囲気を感じ取ったのか?次女はそんな反応をした。

 

ヒッポでは、マイクを握って食べるのは好きだが、声を出す気にはまだならないらしい。

保育園の帰り道に、今日はヒッポだよと言うと

ヒッポ!

と答えるので

そう、ヒッポだよ。ヒッポツァイハイワイ〜…

と中国語タイトルフレーズを私が歌ってみると

ヒッポツァイハイワイ

と真似した。

他のフレーズは言わないのだけど、ヒッポツァイハイワイは言えると分かったからか、帰り道はヒッポツァイハイワイとひとりで何度か言う。

家に帰りつき、しばらくして夕飯。

夕飯を食べたらヒッポに出かける時間。

ごちそうさまをする頃に、今度は自分から

ヒッポツァイハイワイ!ヒッポツァイハイワイ!

 

ヒッポに行く事とこのフレーズがリンクしているらしい。

どんな意味をつけて、次女は言ってるんだろう。

 

それから真似といえば、

怖い時に流れる効果音を長女が次女に向かってしたことで、それも言い始めた。

タ〜〜〜〜ラン

タ〜〜ラン

タ〜ランタ〜ラン…きゃー!

 

叫び声までワンセットで、笑顔で楽しそうである。

 

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平成最後の

平成最後である。

平成の約30年間を振り返ると、今年33になる私の人生ほぼそれである。

 

覚えているのは、1999年のノストラダムスから世の中への悲観を持っていたように思う。

就職氷河期と言われ、あなた達の時代は大変よと言われ育ってきた気がする。

あまり、世の中というものに期待してこなかった世代でもあるかもしれない。

 

そうは言っても、小さな希望は夢は抱きながら高校生まで過ごしたものである。

高校生になったら一気に大人になるような気がしていたが、中身は全然変わらなくて、精神的に大人になれるんだろうか?それはいつから?と愕然としたものだった。

 

小学生の頃は、一途に漫画への夢を見ていたように思うけど、現実を見なさいと囁かれ続けながら、絵は仕事にしないほうがいいと既に思ってしまっていた。それくらいの情熱だったのかもしれないが、細々と今でも描くことは続いている。

小学高学年の人間関係の生きづらさに、中学は目立たぬよう大人しくをモットーにしていたら、とても楽しく無かった。

それで高校は変わろうと思って、勉強も体育祭も楽しく過ごせたと思う。

しかしながら、一体なんの仕事をすれはいいのか?とりあえず大学生にだけはなりたくて、受験勉強のための勉強をした。

進路、仕事、やりたい事についてももちろん考えたけど、あの時は、全部2番目を選んでたんだなと今なら思う。だから上手く行かなかったのだなぁと。

 

その時は、29歳までに結婚するか、

一人暮らしでも猫と暮らしていくんだ、仕事をしながら。と思っていた。

それには自立が必要だと、家を出ることを最優先に県外の大学を選んだ。

親にもよく反発してたのもあると思う。

今思えば、親がいてこそ、県外進学が出来たというのに。

 

大学へ進み、大学の学びに挫折してしまう。

就職活動もピンとこない。

保険を掛けるような、つぶしが効く選択をしてきた私は、何に対しても必死に進むような行動が取れなくなっていた。

けれども何とか仕事につかなければと、就職する。関東という全く違う土地に行くことに、大学進学で県外に出れたんだから同じと思っていたが、違ってた。

 

自分のために生活し、仕事しているのに、それらは全て自分のためと思えなかった。

 

精神的にも限界を感じて一年足らずで退職し、大学時代に知り合い付き合っていた旦那氏と、結婚することになった。

 

ここから再び私の自分探しである。

 

仕事については、結婚後もたくさん失敗したと思う。結婚して9年、やっと、自分の仕事がかたまってきた気がする。

 

結婚して、家族がいたからこそ出来た様々なチャレンジと失敗だったと思う。

 

子育てしながら働くんだという気持ちはずっとあり、子供がいてもやる!と力んでいた。

家族や子どもがいるから仕事に不利、無理、と思うよりはチャレンジしていかねば、という気持ちが強かったと思う。

私にとっては、私自身のペースを知るのに「こともがいる」ことはちょうど良い条件になったきもする。

だから、家族や子どもがいるからこその仕事の選択肢を私のペースと掛け合わせながら選び試していけたと思う。

私は家のこと、子どものことを無理してまで、仕事やらをしたくなかった、というのも分かった。

 

平成生まれが2人と、令和生まれが秋に生まれる。

3人いたら、子ども好きと思われるかもしれないけど、そうでもない。子ども中心の生活に疲れてしまう時もある。怒るし優しいわけでもない。教育熱心なわけでも、子どもの相手が上手なわけでもない…。

 

じゃあなぜ?

 

家族が好きなんだろうなと思う。

家族はエネルギー源な気がする。

 

ほんとかよ!と旦那に突っ込まれそうである。

 

だけど、なんとも言えない、この存在に囲まれて、私はいつも力をもらってると思う。

 

ありがとう。