ふつー、が生まれる毎日から。

"自分"に向き合った先には、『ふつう』がありました。そんな話を、私と、ムスメと、旦那さんとの毎日から。

ひな祭り

昨日はひな祭りでした。

わが家には、祖母が買ってくれた私の7段飾りがあります。

結婚して引っ越したときに、母が「あなたのなんだから」と送ってきました。

ありがたいはずの雛人形も、段ボール3箱分、押入れを占領し、少し邪魔物扱い。

しかも、全て出したことがなくて、持っている罪悪感さえありました。

ひな祭りが近づくにつれ、あ~~どうしようかな、と少し悩んだり、思い出したり。

 

そこには、無意識に、せっかく離れたのに押し付けられてる。そんな思いがありました。

一番さみしがりでもあるのに、です。

さみしがりを認めたくなくて、

一人で出来るんだ。をしたくて

家を早く出た。

 

『さみしい』を思い出すまで、雛人形は私の中でちょっと厄介なものでした。

 

気になっていた、そんな雛人形を、今年は全部出しました。

自分のためのようでもありました。


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二人を送り出す三人官女や五人囃子、、

嫁入り道具たち、、、

「お祝い」が溢れていました。

 

『さみしい』を認めることは

『愛されてる』『愛してる』を認めること。

それらを認めることは、自分の感じることを認めること。

それは、「自分自身」を認めること。

 

見守られてきたんだな、と思いました。

もっと、自分を大切に。そんなメッセージ。

1週間飾って、ひな祭りの昨日は、娘の希望で、人形遊びのために段から下ろしました。

 

そして、ひな祭り一夜明けた今日。

さくっと片付けました。

一区切り。

大変かな…と思ってたけど、やってみると、なんてことない。(^-^;

来年も出せそうな気がしています。

 

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