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ふつー、が生まれる毎日から。

"自分"に向き合った先には、『ふつう』がありました。そんな話を、私と、ムスメと、旦那さんとの毎日から。

子どもを通して見られたいという気持ちに気づいた。(2)

こころと体と行動を結ぶ。 まいにち。2017

前回の記事のつづきです。

 

私にとって出産・子育ても、「子どもがいる」というステータス的な所、

あったと思うんです。

そしていろんなところで、良いこともイマイチなことも「子どもを理由に」する。

そんな自分がイマイチであることに薄々気づきながら、

自分を勝手におとしめて、

自信を勝手に無くしていました。。。

 

自信がひとり勝負だってことも、実は知っていたけど、気づかないふりしてた。

 

気づいてしまったら、

人に指摘でもされてしまったら、

向き合わずにはいられないからです。。。

 

でも、今回のミッションで気づいてしまったので、

私はそこを置いていくことはしません。

 

きっと、ひとり勝負するには、あまりにも人に頼れていなかったんだろうと思います。

高校、大学、新卒就職・・・ 助けてもらっていたにも関わらず、

私は頼れていなかった。ひとりで頑張りすぎている気になっていて。

だから、頑張らなくてもいい免罪符のような理由が欲しかった。

 

子どもがいても、いなくても、

がんばっても、がんばらなくても、どっちでもいいのに。です。ww

 

自分がしたいこと、にまっすぐ目を向けていませんでした。

 

当時、就職もしたくなくってwww

すごく奮い立たせていたな、と思います。

 

何がしたかったのかって?

好きな人と結婚して、

ぼちぼち働きながら、ぼちぼち家のことをする。

が当時したかったことでした。

でも、就職せねばならない。社会人経験を持たねばならない。

と思っていました。

就職活動しているときは、したくない気持ちに蓋をして、

あらゆることが経験になるという思いだけで、動いていました。

(決して、無駄ではなかったと今は思っていますw)

辞めたら辞めたで、また、「せねばならない」を探していました。

「せねばならない」を辞めたくて、理由づくりもしていました。

 

家族は、自分の鏡といいます。

子どもの自由な姿は、私に自由さを思い出させます。

パートナーのなんでも丸をくれる姿に、本当はもう自分を信じていいことを思い出させます。

 

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自分を信じたらどうして怖いんだろう?

間違えたくないから?

人に批判されたり、指摘されたくないから?

そこにあるのは、判断基準が『他人』であるということ。

軸を『他人』に明け渡しているという事。

 

人のいうことに耳を傾けることは、大切です。

けれど、明け渡してしまうと、自分がそこにいなくなる。

自分が生きて、いのちがあり、家族がいる、自分がいる、その意味は?

 

意味なんて、自分を生きること、ただそれだけ。

 

 

つづく

(「かわいい♡」と言われたかった理由を書けていませんので、次記事で…^^;)