どんな形でも協力し、納得し合えてたら、なんでもよいのじゃ〜
これは、ないわ〜〜😱😱😱
特にパパ…
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自分が選んだとはいえ、育児家事がしんどく感じるのは分かる。
パパも1日外で仕事してきてるんだから…って気持ちも分かる。
これ、ママもパパも、自分がやりたいこと、我慢してる結果じゃないかな?
そして、相手に押し付けてる。
あんたも我慢しろ‼️って。
協力し合えたら、いいだけなのになぁって思った。
仕事辞めていいなら専業主夫したい、ってうちの旦那も言ってるよ〜〜笑
その気持ちはわかるし、授乳さえどうにかなれば、それもありかもね?
でも私はフルタイムはさすがに嫌だし笑
できたら、旦那も私もパートタイマーで家事育児もやるみたいなんがええなぁ
どちらか1つ、何か1つ、と絞って、合う人と合わない人といると思うのよ。
私たちは、色んなことしたいタイプだから、ワークシェアでやってく事が出来たら良いだろうなぁ
オランダみたいな!
このマンガのパパは、ママのこと家政婦扱いしてるだけ…自分ばっかり我慢してるんだ…って思ってるだけに見える。。
悲しくなるなぁ
どこに原因があるか、は
パパ視点からも
ママ視点からも
探ることは出来るんだけれど、
はて、わが家の働き方、暮らし方はどうだろうか?と問うきっかけにしたいものです。
【5歳11か月】ごめんね、の手紙
素直に謝れない時、
そもそも親がフィーバーして話聞いてくれないと思った時、
ムスメは手紙で謝ります。
今月はムスメ6歳の誕生日です!
『お母さん』してていい=何者にもならなくていい
次女が生まれてもうすぐ4か月になりますが、もう、うんと昔からそこにいたような、そんな存在感を感じています。
生まれた時は、なんとも不思議な、『はじめまして』な感覚でした。けれども、ほぼ24時間一緒にいて、出会ったのが4か月前?ほんと?って感じです。
夫婦もそうなのかも。笑
『はじめまして』から、4か月。
ふと、次女との関係性は積み上がりつつあるのかしら?と思いました。
置いてきぼりにしてないかしら。
目の前の子を見て、あ〜、私はお母さんだった。お母さん、していいんだった。と思ったのです。
お母さんしていい、というのは、親であるという権力行使ではなく(笑)、一緒にいることのできるひと、という意味での【お母さん】であっていいという意味。
特別なことしなくても、お母さんであることには変わりなかった。
そう在らせてくれる子の存在がありがたい。
何者かになろうとすると、途端に私はモヤモヤが倍増し、今ここになかなかくつろげず、ソワソワしてしまったり、思考がぐるぐるしたり…します。
私は私でよかったんだ。と思えると、ハッとします。
お母さんである、ということは、時に煩わしい肩書きのようであるかもしれない。
だけれど、この子達の(短い間かもしれないけど)側に居れる存在であるというのは、ひとつ特権のようにも思える。
時にその絆のような、腐れ縁のような、家族的なものが疎ましく思う時もあるかもしれない。
それは体感してこその、疎ましさ。
近くて
愛おしいからこその、感情もあるだろう。
私がら子どもたちにお母さんにさせてもらったコトの意味は、
自分は自分で、何者にもなろうとしなくていいんだよ、という事でもあるのかなと思った。
世の中や固定観念にある『母親』像にもならなくていい。『女性』像にもならなくていい。
私のまんまで、お母さんでも在れる。
そんな幸せなことがあるだろうか。